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第1章 邂逅 2/5

last update Last Updated: 2025-04-26 11:01:54

 しばらくして。

 羞恥のあまり、柚希〈ゆずき〉がうなだれた。

 女はそんな柚希を怪訝そうに見つめながら、柚希の頭にそっと手を置いた。

「大丈夫……ですか?」

「いえ、その……すいません」

「謝らないでください、その……」

 女は何か言おうとしたが、思いとどまるように口を閉じた。

「あの、何か……」

 その助け舟に少し安堵の表情を浮かべた女が、緊張気味に柚希を見つめた。

「よろしければ、その……お名前を……うかがっても……」

「あ……はい。僕は柚希、藤崎柚希〈ふじさき・ゆずき〉です」

「柚希さん……綺麗なお名前ですね。耳に響く音がとても心地いいです。あの、よければ……柚希さんってお呼びしてもいいですか」

 手を合わせて微笑む女に、柚希の頬がまた赤く染まった。

「は、はい。柚希でお願いします」

 勢いよく頭を下げる柚希に、女は小さく笑った。

「柚希さん、私は紅音、桐島紅音〈きりしま・あかね〉です。どうかよろしくお願いします。それからコウのこと、本当にすいませんでした」

「いえそんな、こちらこそ。その……桐島さん」

「柚希さんさえよろしければ、どうか私のことも紅音とお呼び下さい。私もお名前でお呼びさせてもらってますし、それに……その方が嬉しいです」

 紅音の言葉に、柚希は胸の鼓動を抑えられなくなっていた。

 * * *

 柚希はこれまで、同世代の女子とほとんど話したことがなかった。

 この街に越して来て、隣の家の同級生、小倉早苗〈おぐら・さなえ〉が初めてまともに会話した女子と言ってもよかった。

 早苗は活発な子で、柚希の父からよろしくと頼まれたことを真剣に受け止め、色々と世話を焼いてくれていた。

 家族ぐるみの付き合いをしていく中で、早苗は自分を小倉ではなく、早苗と呼ぶよう柚希に言ってきた。

 でないと私を呼んでるのか、お父さんを呼んでるのかお母さんを呼んでるのか分からない。そんな理由だった。

 早苗の勢いに押された格好で、彼女を「早苗ちゃん」と呼ぶことになんとか慣れてきたが、出会ったばかりの女性を名前で呼ぶのは、柚希にとってかなりハードルの高いことだった。

「あの……駄目、でしょうか……」

 紅音が今にも泣きそうな声でそう囁く。

 柚希は慌てた。

「いえ、駄目ではないです。その、あ、紅音……さん……」

 柚希の言葉に紅音の表情が明るくなった。胸の辺りで手を合わせ、

「嬉しい……ありがとうございます、柚希さん」

 そう言って、満面の笑みを柚希に向けた。

(笑顔……可愛いな……)

 名前で呼んだことが余程嬉しかったのか、紅音は柚希の傍らに腰を下ろすと、柚希の顔をその赤い瞳で見つめ、嬉しそうに言葉を続けた。

「柚希さんは、この辺りの方ではないですよね」

「分かりますか?」

「はい。私もここの人たちのこと、そんなに詳しくないんですけど、でも……なんとなく、ここの人たちとは違う雰囲気を持ってますから」

「僕、一ヶ月くらい前に大阪から越してきたんです」

「そうだったんですか。じゃあまだこの辺りのこと、よくご存知ないですよね」

「はい。でもいいところですよね、ここは。前に住んでたところは緑も少なくて、人ばかり多かったから。ここの静けさ、優しい雰囲気はかなり気に入ってます」

「ありがとうございます。そんな風に言ってもらえると、やっぱり嬉しいです」

「おかげで趣味の時間が増えてしまって」

「趣味、ですか?」

「はい。僕、写真を撮るのが好きなんです。今日初めてここに来たんですけど、カメラを持ってきたらよかったと思って」

「柚希さんの撮る写真……一度見てみたいです。きっと優しい写真なんでしょうね」

「あ……いえその……下手、ですよ……」

 そう言って、照れくさそうに頭を掻いた。

「ここの人たちのこと、詳しくないって言ってましたけど、ひょっとして紅音さんも、ここの人じゃないんですか」

「いえ、私はずっとこの街の人間です。ただ……」

 そう言って、紅音は流れる雲に視線を移した。

「私、生まれつき体が弱くて、学校にも行ってないんです。外に出るのも、コウのお散歩の時ぐらいで」

「体が……」

「はい。私、色素の薄い体質なんです」

 白い肌、銀の髪。

 その容姿の訳を、柚希は理解した。

「でも……」

 紅音の美しい瞳を見つめながら、柚希が言った。

「紅音さん、綺麗だと思います」

「えっ」

 紅音の頬がまた赤く染まった。

「す、すいません……紅音さんにとっては、大変なことなのに」

 慌てる柚希を見て、少し照れながら紅音が小さく笑った。

「さっきからお互い、謝ってばかりですね。何も悪くないのに」

「そ、そうですね、すいません」

「ほらまた。ふふふっ」

「あ、いや、今のは」

「ありがとうございます、そんな風に言ってもらえて……私の父は医者なんですけど、父が言うにはこの体質は、紫外線に弱いらしいんです。だから昼間の外出も、時間が限られているんです」

「そうなんですか。それで傘も持って」

「はい。なるべく陽が当たらないよう、気をつけているんです。それに日差しがきついと、目も痛めてしまいますし。

 だから学校にも行けなくて、こうして人とお話するのも久しぶりなんです」

「じゃあちょっとだけ、僕たち似てますね」

「え?」

「僕、生まれつき心臓が弱いらしいんです。詳しくは知らないんですけど、弁がうまく動いていないとかで。普通の生活をしてる分には問題ないんですけど、激しい運動なんかはちょっと」

「……」

「おかげで子供の頃は、よく入院してました。だから友達も出来なくて」

「体が弱くて友達がいない……ふふっ、確かに似てますね、私たち」

「ですね。変な共通点ですけど」

「ほんと。ふふふっ」

「はははっ」

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